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2025.1.29

秋山和慶先生へ

秋山和慶先生へ

秋山先生と私が初めてお会いした時の秋山先生の歳になりました。同じ55歳でもこんなに違うのかと思います。如何に先生が偉大でいらっしゃったか。

先生の事を初めて知ったのは、先生がN響を指揮なさった番組を子供の頃に見た時です。コントラバスのケースからドラキュラの格好をして登場された事を良く覚えています。後年、門下の末席に座らせて頂いた折にお尋ねしたら、「そうそう」と笑っていらっしゃいました。

誰よりも耳が良く、ピアノもお上手で万能の音楽家でいらした先生の別の顔をその頃から見る事が出来たのでした。

音楽が好きになり、田舎に居ながらも、情報収集していると秋山和慶という存在を目にする事が多くなり、テレビ等で見る度に、惚れ惚れする流麗な指揮に釘付けになりました。無謀にも指揮者を目指し、秋山先生の弟弟子にあたる堤俊作先生、その後、同じく黒岩英臣先生にご指導頂きました。そして、遂に、秋山先生のレッスンを受けるチャンスが廻って来ました。ベートーヴェンの7番とシューマンのラインでした。天にも昇る様な気持ちで先生の前で指揮をした事は僕の大きなターニングポイントとなりました。その折、図々しく先生のリハーサルを見せて下さいとお願いしたら、「良いよ」とご許可下さいました。

以来、大久保の東京交響楽団の練習場に通い先生の素晴らしい指揮、とても合理的で緻密なリハーサルを見学出来た事は今でも目に浮かぶ大きな財産です。多忙を極めていらした先生は、我々門下生に時間を割いて下さり、指揮レッスンの合宿にも参加して下さり、レッスン後は夜通し遊んでくださいました。華麗な舞台姿からは想像も出来ない程、茶目っ気のある先生でもありました。

ヴァンクーヴァーのご自宅に仲間と遊びに行った時は大きな車で空港まで迎えに来て下さり、そのまま観光に連れ出して下さり、みんな時差で朦朧としている中、先生はお元気で、翌日のヴァンクーヴァー交響楽団のリハーサルも颯爽となさっていらっしゃいました。街を先生と歩いていると「Hi, Maestro!」と声を掛けられていらっしゃるお姿に感動したものです。

誰もが先生は温厚でお優しいと仰います。先生が声を荒げて怒っていらっしゃる場面を、私の記憶でも一度も見た事がありませんでした。でも優しいだけではありません。絶対目だけは笑っていらっしゃらない時が多かった様に思います。言葉使いは丁寧でも、いい加減な事はどんな時もお許しになられませんでした。きちんと丁寧に音を磨き、良い演奏に育む事を最後まで諦めずに時間いっぱいリハーサルなさっていました。音楽に向き合う事の厳しさは、齋藤秀雄先生のお考えを徹底して受け継いでいらしたのだと思います。

ある賞を私が受賞した時に、先生をお食事に招待しました。終わりの頃、「今日はありがとうね。自分もデビューした時にトーサイ(齋藤秀雄先生)にご馳走した時にトーサイが喜んでくれてね。その時を思い出したよ。」と目に涙を浮かべて下さいました。

兄弟弟子の吉田行地さんと大阪で3人で食事した時に「君達には言っておくけど、音楽を利用して偉くなろうなんて思うんじゃないよ。これは齋藤先生に言われたんだよ。」と仰られた事は指揮者としての在り方として1番大切にしている事です。

先生と最後にお目に掛かれたのは昨年11月でした。偶然、同時期に名古屋での仕事で同じホテル。ご自身のお仕事の後、お疲れなのにも関わらず、私のコンサートに来て下さいました。ブルックナーの9番でした。門下になって30年ですが、初めて本当に褒めて下さった様に思います。いつも、決して口調は厳しくなくとも、的確な指摘とアドバイスを下さる先生でしたが、その時ばかりはいつもと違い、恐縮し通しでした。

今、自分も指揮者として音楽をする事が出来るのは秋山先生のお陰ですし、近づこうと走ってみても先生の背中は遥か遠くにあります。

そして、先生とのお別れが間近など思いもしていませんでした。

その名古屋での2ヶ月前に先生の指揮者生活60年をお祝いするコンサートで先生が取り上げたのもブルックナーでした。歌に溢れ、神との対話、自然界の美しさを讃える名演でした。

終演後、お伺いしたら「大丈夫だった?やり過ぎてなかった?」と仰る先生。とんでもありません、素晴らしかったですと申し上げました。どんな時でも謙虚な先生、虚飾を嫌う先生らしいと言えば先生らしいですが、大巨匠がそんな事を仰る事に襟を正す思いでした。

この1月には先生の兄弟弟子にあたられる齋藤秀雄門下の指揮の先生方や我々秋山門下や先生を大好きな仲間で先生の84歳のお誕生日をお祝いしようと計画していましたが、突然のお別れとなりました。先生も楽しみにして下さってました。

もっともっと先生の指揮する音楽を聴きたかったですが、叶わなくなってしまいました。先生ご自身も驚いていらっしゃると思います。

先生ともっと馬鹿騒ぎもしたかったです。と言っても騒いでいるのは僕らで、先生は笑っていらっしゃるだけですが。

先生に会いたいです。もっとご指導頂きたかったです。イタズラもしたかったです。

先生、寂しいです。

でも先生は今頃、齋藤秀雄先生、小澤征爾先生、飯守泰次郎先生方が迎えて下さっている天国にいらっしゃるのですね。ほんの少し前にそちらに行かれた汐澤安彦先生も天国の新人としていらっしゃいますね。

先生は、「自分は齋藤先生の亡くなられた歳を遥かに超えたけど、自分は何をしているんだろうって思うんだよ。」と仰せでしたね。

私が申し上げるのは失礼ですが、齋藤先生は、先生のご活躍、ご功績をとてもお喜びだと思います。

思いっきり褒めて貰って下さい。

先生こそ、齋藤秀雄先生の教えを最初から最後まで全うなさった最高のお弟子さんで、私達には最高のお師匠様でした。

ありがとうございました。

先生がお風呂で頭をすすいでいらっしゃる時に、ずっとシャンプーをかけ続けた不肖の弟子

下野 竜也より


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